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- 世界と宇宙、そして、そこに含まれるすべてのものは、人格と
感情と知性と個性を持つ創造主個人(神)が成したことの結果
であります。
宇宙とこの世界は自己発生したものではありません。
- 創造主(神)は創造されたものより偉大であり、宇宙の全ての
生き物と物体を治める権威を持っています。創造主は創造の以
前に存在しており、創造がなくても存在できる方であります。
しかし、創造物は創造主なしには存在することができません。
- 神は感情的に人間に対してよそよそしかったり、または、冷淡
であったりしません。神は全ての、男性、女性、こどもに対し
て愛と哀れみを持っています。しかしながら、神の愛は盲目で
はありません。
神の御心を無視するものは、個人であれ、社会全体であれ、或
いは文明全体であれ、神の怒りをまた、ときには完全なる破壊
を体験してきました。
- 神は沈黙な方ではありません。何世紀にもわたって、神は様々
な方法で人間に直接にコミュニケーションをとってきました。
神の霊は夢や幻や独特な理解を通して個人個人にコミュニケー
ションを図ります。又、神から言葉を受けてそのことを人々に
伝えていかなければいけない責任を負う預言者たちを通して、
神は特定の文化や社会に語りかけます。
- 私達と明瞭なコミュニケーションを図るために、神は人間の姿
をまとい、そして人間の体験することに、そして時間というも
のに係わりました。
神のこの特別な振る舞いについては何世紀も以前に予告されて
います。
過去において社会は皆このことを耳にしましたが、人間の歴史
の中に将来神が入ってくるということについて最も明瞭な教え
を受けた者が、ヘブルの預言者たちでした。
私達クリスチャンは人間の歴史に神が入ってきたことをクリス
マスに祝います。いわゆる、イエス・キリストの誕生日を祝う
わけです。
- イエス・キリストは私達と創造主との間に架け橋を創ってくれ
ます。
イエス・キリストはもっと良い宗教を確立するために来たので
はありません。むしろ私たちを愛してくれている神の愛と個性
を示すために来ました。
私達への神の愛は、特に十字架の上で受けた屈辱や傷や肉体の
死を自発的に耐えたイエス・キリストの行いによって証明され
ました。
- 十字架でのイエス・キリストの死は神にとって敗北ではありま
せんでした。神が人間に殺されるのは、神が単に弱いからだと
想う人もいます。仮に肉体の死が全ての終わりではありません
。
神はイエス・キリストを死後3日目によみがえらせてご自身の
力を証明しました。人生をゆだねる者、或いは信仰と従順な心
により創造主と子供のような関係に入っている者に対した死は
勝利をもてません。
- 霊的な救いとは創造主と正しい関係に入ることであり、また、
そうする者に交じわされている約束を受けることであります。
人間の立場からすると、救いとは神に自分自身の霊と自我をゆ
だねることであります。
神の側では、私達のために神が成したことを私達が尊敬して、
そして、となえるというような期待があります。では、どのよ
うにして私達は神と共に新い生活を始めるのでしょうか。
基本的に神と語ることによって始めます。ここに神にどのよう
なことをいうのかその例が示してあります。
神さま、多くの人からあなたのことを聞いています。でも、私
はあなたには一度も話しかけたことがありません。今あなたと
話したいと思っています。
私は宗教心のない者であり生まれてから今まで堕落したことを
数々行ってきたことを認めます。そのことで今あなたが赦して
くださり、そして、今までより良い生きるすべを私に与えて下
さることをお願いします。
あなたは愛の神であり、私のことさえ愛してくださっていると
人々は申します。また、あなたはご自身の愛を証明したいと深
く思われたのでイエス・キリストという名前で赤子としてお生
まれになったと申しています。
アーメン
